
こんにちは。にほん旅さんぽ、運営者の「ちょぼ」です。鎌倉の観光スポットを調べていると、寿福寺や怖いというキーワードを見かけて不安になったことはありませんか。
美しいお寺のはずなのに、なぜそんな噂があるのか気になってしまいますよね。実はその背景には、お寺の裏手にある独特な雰囲気のトンネルや、源実朝と北条政子の墓にまつわる歴史、さらには川崎にある同名の寺院との混同など、いくつかの理由が重なっているようです。
心霊スポットのような場所だったらどうしようと心配な方もいるかもしれませんが、正しく知れば決して恐ろしい場所ではありません。
今回は、そんな寿福寺にまつわる噂の理由や現地の様子について、私の視点でお話ししていきたいと思います。
- 寿福寺が怖いと噂される具体的な理由とトンネルの正体
- 北条政子と源実朝の墓に秘められた歴史的な悲劇
- 川崎市の寿福寺と混同されやすいポイントの解説
- 鎌倉の寿福寺を安心して楽しむための魅力と見どころ
寿福寺が怖いと言われる理由とトンネルの噂
鎌倉五山の一つである寿福寺ですが、なぜか「怖い」という言葉と一緒に検索されることが多いんですよね。実際に現地を歩いてみると、その理由がなんとなく分かってきます。
ここでは、噂の元になっているトンネルの雰囲気や、この場所に眠る歴史上の人物にまつわる少し背筋が伸びるようなエピソードについて深掘りしていきましょう。
裏山のトンネルが心霊スポットと噂される独特な雰囲気
寿福寺の境内裏手から源氏山方面へ抜ける道には、岩肌がむき出しになったトンネル(隧道)があります。これが「寿福寺トンネル」などと呼ばれているのですが、初めて訪れると少しドキッとするかもしれません。
現代のきれいに舗装されたトンネルとは違い、昔ながらの手作業で掘られた「素掘り」のスタイルがそのまま残っているんです。ゴツゴツとした岩肌が迫ってくるような圧迫感や、日中でも薄暗いその空間は、まさに「異界への入り口」のような不思議な雰囲気を醸し出しています。
インターネット上では「心霊スポットではないか」なんて噂されることもありますが、これは物理的な暗さと、鎌倉特有の湿り気を帯びた空気がそう感じさせるのかもしれませんね。
私自身、最初に通ったときは「おっと、ここは通っていいのかな?」と少し躊躇してしまいましたが、実際は地元の方が生活道路として普通に使っている場所なんですよ。
源実朝の首がないという歴史的な逸話と悲劇の記憶
寿福寺を語る上で欠かせないのが、鎌倉幕府第三代将軍・源実朝の存在です。歴史の授業で習った方も多いと思いますが、実朝は鶴岡八幡宮で公暁に暗殺されるという、非常にショッキングな最期を遂げています。
実はこの事件には、さらに続きがあります。暗殺された際、実朝の首(頭部)は持ち去られてしまい、行方不明になってしまったと伝えられているんです。
寿福寺の墓地奥にある「やぐら」には実朝の墓とされる五輪塔がありますが、そこに本当に遺骨が眠っているのか、あるいは遺髪だけなのか、歴史ミステリーとして語られることがあります。
ここがポイント 「首のない将軍が眠っているかもしれない」という事実が、人々の想像力をかき立て、なんとなく「怖い」というイメージに繋がっているのかもしれませんね。
北条政子の墓があるやぐらの暗がりと怨念の伝説
実朝の墓のすぐ隣には、母である北条政子の墓もあります。夫である頼朝、そして子供たちを次々と失った彼女の悲しみは、計り知れないものがあったでしょう。
一説によると、寿福寺には「鬼神像」と呼ばれる、晩年の政子の姿を描いたとされる伝承があるそうです。愛する息子を失った悲しみと怒りで、その形相が鬼神のように見えた……なんて話を聞くと、ただならぬ情念を感じてしまいますよね。
また、お墓がある「やぐら」自体も、岩山を四角くくり抜いた横穴式の墓地ですから、中を覗き込むと昼間でも薄暗く、ひんやりとしています。この独特の「暗がり」と政子の強い情念のイメージが重なって、畏怖の念を抱かせる要因になっているのだと思います。
妾トンネルと呼ばれる別名に隠された怖い意味とは
鎌倉周辺のトンネル事情を調べていると、「妾(めかけ)トンネル」という、なんとも意味深で怖い名前を目にすることがあります。寿福寺のトンネルそのものを指す場合や、近くの類似したトンネルと混同されている場合もあるようですが、この呼び名だけでちょっとゾッとしてしまいますよね。
「人目を忍んで通う道だった」「悲しい恋の物語があった」など、様々な憶測を呼びますが、実際には単に道幅が狭く「目掛け(めかけ)」て通る必要があったから、という説もあるようです。
言葉のイメージによる「怖さ」 都市伝説というのは、こうしたインパクトのある言葉から一人歩きしてしまうものです。必ずしも心霊現象と結びつくわけではありませんが、言葉の響きが恐怖心を煽っている一面はあるでしょう。
寿福寺の境内裏手は夜になると真っ暗で不気味な静寂
これはシンプルですが、物理的な理由として「夜は本当に真っ暗になる」という点が挙げられます。寿福寺のある扇ガ谷エリアは、山に囲まれた谷戸(やと)の地形です。
日が落ちると街灯も少なく、裏山の木々が月明かりを遮るため、漆黒の闇に包まれます。そんな中で、古いお墓や素掘りのトンネルがあるわけですから、夜道としての怖さは本物です。肝試し気分で夜に訪れるのは、安全面からもおすすめできません。

寿福寺は怖い場所ではなく歴史ある鎌倉の美しい禅寺
ここまで「怖い理由」ばかりお話ししてしまいましたが、安心してください。昼間の寿福寺は、怖いどころか「鎌倉で一番好き」というファンも多い、本当に美しいお寺なんです。ここからは、その本来の魅力についてご紹介しますね。
実際はトトロの森のような緑のトンネルに癒やされる
先ほど「怖い」と紹介したトンネルですが、見方を変えるとまるでジブリ映画の世界なんです。トンネルの入り口から覗くと、向こう側に鮮やかな緑が輝いて見えたり、木漏れ日が差し込んだりして、とても幻想的です。
実際に訪れた方の口コミでも、「トトロの森に迷い込んだみたい」「緑のトンネルに癒やされた」といった声がたくさんあります。暗いトンネルを抜けた先に広がる緑の美しさは、一種のカタルシス(浄化)を感じさせてくれるはずです。
写真撮影のコツ トンネルの中から外の緑をシルエットにして撮影すると、とても雰囲気のある写真が撮れますよ!
川崎市の寿福寺にある墓地や葬儀場と混同していないか
実は、「寿福寺」という名前のお寺は鎌倉以外にもあります。よくあるのが、神奈川県川崎市幸区にある「寿福寺」との混同です。
川崎の寿福寺には葬儀場(寿福寺会館)や一般的な墓地が併設されています。そのため、「寿福寺 怖い」という検索の中には、葬儀場に関連する話や、夜の墓地の治安などを気にしている方の検索意図も混ざっている可能性があります。
| 項目 | 鎌倉の寿福寺(本記事) | 川崎の寿福寺 |
|---|---|---|
| 場所 | 鎌倉市扇ガ谷 | 川崎市幸区 |
| 特徴 | 源実朝・北条政子の墓、トンネル | 地域のお寺、葬儀場併設 |
| 宗派 | 臨済宗建長寺派 | 浄土宗 |
もしあなたが鎌倉観光のつもりで調べているなら、川崎の寿福寺の情報を見て「葬儀場があるの?」と混乱しないように注意してくださいね。
拝観料や開門時間など訪問前に知っておきたい基本情報
鎌倉の寿福寺を訪れる際に知っておきたいのが、拝観エリアの制限です。基本的に、寿福寺は中門から先の本堂エリアは一般公開されていません。
- 拝観料:無料(境内自由エリアのみ)
- 拝観エリア:総門から中門までの参道、裏手の墓地エリア
- 特別公開:お正月やゴールデンウィークなど、期間限定で中に入れることもあります。
「せっかく行ったのに中に入れなかった」とがっかりしないでくださいね。中に入れないからこそ保たれている静寂こそが、寿福寺の魅力でもあるのです。
参道の石畳が美しく写真映えする鎌倉屈指の観光名所
中に入れなくても行く価値があるのか?と聞かれたら、私は自信を持って「YES」と答えます。なぜなら、総門から中門へと続く石畳の参道が、言葉を失うほど美しいからです。
「鎌倉で最も美しい石畳」とも称されるこの道は、周囲の苔や木々の緑と相まって、洗練された禅の世界観を作り出しています。怖いというイメージとは程遠い、凛とした空気が流れていて、ただそこに立つだけで心が洗われるような気分になりますよ。
おすすめの時間帯 朝の早い時間帯や、雨上がりのタイミングは苔の緑がいっそう深く見えて特におすすめです。
寿福寺が怖いという噂の真相は深い歴史と自然への畏怖
ここまで見てきたように、寿福寺が「怖い」と言われる背景には、鎌倉幕府の悲劇的な歴史の重みや、手つかずの自然が持つ圧倒的な雰囲気がありました。それは単なる幽霊話のような恐怖ではなく、長い歴史に対する「畏敬の念」に近いものなのかもしれません。
北条政子や源実朝が眠るやぐらに手を合わせ、静かな石畳を歩けば、きっと怖さよりも静かな感動を覚えるはずです。ただし、日が暮れると本当に真っ暗になるので、明るい時間帯に訪れるようにしてくださいね。歴史と自然が織りなす「怖いくらいに美しい」寿福寺へ、ぜひ一度足を運んでみてください。
情報と地図
| 公式サイト | 寿福寺 |
| 住所 | 神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目17−7 |
| 営業時間 | |
| 料金 | |
| 電話番号 | 0467226607 |
| ゆかりの人物 | 北条政子 |