与板城跡の見どころと歴史!登城ルートや駐車場も紹介

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与板城跡の見どころと歴史!登城ルートや駐車場も紹介

新潟県長岡市にある与板城跡は、戦国時代に越後で活躍した直江氏ゆかりの山城です。上杉謙信や上杉景勝に仕えた直江景綱、そして直江兼続に関係する城として知られ、歴史好きなら一度は訪れてみたい場所ですね。

与板城跡を調べていると、場所やアクセス、駐車場、登山口から本丸までの所要時間、現在残っている遺構などが気になると思います。山城なので、登城ルートの難易度や服装、雨の日でも歩けるのかといった点も確認しておきたいところです。

また、与板城の歴史や歴代城主、直江兼続との関係、城跡の縄張りや堀切、土塁などの見どころも知っておくと、現地散策がもっと面白くなります。与板陣屋跡との違いや、周辺の観光スポットについても押さえておきたいですね。

この記事では、与板城跡の歴史や見どころをはじめ、登城のポイント、見学時間、アクセス、駐車場まで詳しく紹介します。初めて山城を訪れる方にも、散策のイメージがつかめる内容にまとめました。

  • 与板城跡の歴史と直江景綱・直江兼続との関係
  • 本丸・曲輪・堀切・土塁などの主な見どころ
  • 登山口からの散策ルートと所要時間の目安
  • アクセス・駐車場・与板陣屋跡などの周辺観光情報
目次

与板城跡とは?直江氏ゆかりの越後の山城

与板城跡は、戦国時代の越後を知るうえで興味深い城跡です。現在は天守や櫓などの建物こそ残っていませんが、山の地形を利用した城の構造から、当時の防御の工夫を感じることができます。

与板城跡の場所と基本情報

与板城跡は、新潟県長岡市与板町にある中世の山城跡です。与板の市街地を見下ろす丘陵に築かれ、周囲の地形を利用して防御力を高めた城でした。

城跡は県指定史跡となっており、現在は山城の遺構を見学できる歴史スポットとして知られています。

平地に建てられた近世城郭とは違い、与板城では山の尾根や斜面を活用して曲輪を配置しています。

そのため、訪れる際には城の建物を探すというよりも、山の形をどのように利用して城を守っていたのかを観察するのがおすすめです。

与板城跡の基本情報

  • 名称:与板城跡
  • 所在地:新潟県長岡市与板町
  • 城の種類:山城
  • 主な時代:戦国時代
  • ゆかりの武将:直江景綱・直江信綱・直江兼続
  • 文化財指定:新潟県指定史跡
  • 主な遺構:曲輪・土塁・堀切など

なお、与板城跡は屋外の史跡なので、一般的な観光施設のように受付や展示室が整備されているわけではありません。山道を歩くことを前提に計画しましょう。

与板城を築いたのは誰?

与板城の築城については、直江氏の前身にあたる飯沼氏との関係が伝えられています。

戦国時代には直江氏の居城となり、越後の有力武将たちが活動する拠点の一つになりました。

特に知られているのが、上杉謙信の重臣として活躍した直江景綱です。

景綱は上杉家の政治や外交に深く関わった人物で、越後の戦国史を語るうえで欠かせない武将です。

与板城は、こうした直江氏の本拠として重要な役割を担っていました。

ただし、築城年代や初期の城主については史料による検討が必要な部分もあります。特定の人物が現在見られるすべての遺構を築いたと断定することはできません。

与板城はどんな役割を持っていた?

戦国時代の山城は、単に武将が暮らす場所ではなく、周辺地域を支配し、敵の動きを警戒するための軍事拠点でもありました。

与板城も、直江氏が越後の政治や軍事に関わるなかで重要な拠点として利用されたと考えられます。

山の上に城を築くことで、周辺の地形を把握しやすくなり、敵が攻め寄せた場合にも防御しやすくなります。

また、城内には複数の曲輪が設けられ、兵の配置や物資の管理などに利用されたと考えられます。

現在の城跡を歩くときも、単に高い場所へ登るのではなく、敵がどこから近づき、城側がどのように防ごうとしたのかを想像すると面白いですね。

周辺観光

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与板城の歴史と直江兼続との関係

与板城を訪れるなら、直江氏と上杉家の歴史を知っておきたいところです。特に直江景綱から直江兼続へと続く歴史は、城跡を理解するうえで大きなポイントになります。

上杉謙信を支えた直江景綱

直江景綱は、戦国時代の越後で活躍した武将です。

長尾景虎、のちの上杉謙信に仕え、政治や外交など幅広い分野で重要な役割を果たしました。

景綱は上杉家の重臣として知られ、軍事面だけでなく、家中の運営にも深く関わっています。

与板城は、その景綱の居城として知られる場所です。

上杉謙信というと、合戦での活躍が注目されがちですが、その勢力を支えるためには多くの家臣の働きが必要でした。

直江景綱は、そうした上杉家の政治的な基盤を支えた人物の一人です。

与板城跡を歩きながら、ここを拠点に活動した重臣の存在を思い浮かべると、戦国時代の越後が少し身近に感じられると思います。

直江信綱から直江兼続へ

直江景綱の死後、直江家を継いだのが直江信綱です。

信綱は景綱の娘を妻とし、直江家の家督を継承しました。

しかし、1581年に春日山城で起きた事件によって命を落とします。

その後、上杉景勝の側近だった樋口与六が直江家を継ぐことになりました。この人物が、後に上杉家の名宰相として知られる直江兼続です。

兼続は直江家の家督を継ぎ、上杉景勝を支える重臣として活躍しました。

与板城跡は、直江景綱だけでなく、直江兼続が継承した直江家の歴史にもつながる場所です。

なお、兼続が与板城でどのような生活を送り、どの程度の期間滞在していたのかについては、史料から慎重に考える必要があります。

上杉景勝と御館の乱

1578年に上杉謙信が亡くなると、上杉家では後継者を巡る争いが発生しました。

これが御館の乱です。

上杉景勝と上杉景虎が対立し、越後各地の武将たちも争いに巻き込まれました。

直江氏は上杉家の中枢に関わる立場にあり、この時期の政治情勢とも深い関係があります。

御館の乱は、単なる家督争いではなく、越後の支配体制を大きく変える出来事でした。

その後、景勝が上杉家の当主となり、直江兼続が重臣として活躍する時代へとつながっていきます。

与板城の歴史を考える際には、こうした上杉家全体の動きと結びつけて理解すると、より面白くなります。

与板城はいつ廃城になった?

与板城は戦国時代に重要な役割を果たしましたが、時代が進むにつれて城の役割も変わっていきました。

上杉景勝は1598年に越後から会津へ移封され、直江兼続もこれに従いました。

こうした上杉家の領地替えは、与板城の歴史にとっても大きな転換点です。

与板城は16世紀末ごろに役割を終えたと考えられていますが、廃城の時期や経緯については資料によって説明が異なる場合があります。

現在は建物が残っていないため、当時の姿をそのまま見ることはできません。

それでも、山中に残る曲輪や堀切などの地形から、戦国時代の城の構造を読み取ることができます。

与板城跡の見どころ!本丸・曲輪・堀切を歩く

与板城跡の魅力は、山の地形を生かした遺構にあります。石垣や天守のある城とは違いますが、土で築かれた防御施設を観察することで、戦国時代の山城らしさを感じられます。

本丸跡と城の中心部

与板城跡を訪れたら、まず目指したいのが本丸跡です。

本丸は城の中心となる曲輪で、城全体の防御や指揮に関わる重要な場所でした。

現在は建物が残っていませんが、平坦に造成された地形から、かつての城郭構造を感じることができます。

山城の本丸は、必ずしも天守が建っていた場所という意味ではありません。

戦国時代の城では、山の上に平坦地を設け、周囲の曲輪や堀切と組み合わせて防御する構造が一般的でした。

与板城跡でも、中心部の平坦地と周囲の斜面の関係を意識すると、城の特徴が見えてきます。

私なら、まず本丸跡で周囲の地形を確認し、どの方向から敵が攻めてくる可能性があったのかを考えてみたいですね。

曲輪の配置から城の縄張りを知る

曲輪とは、城内に設けられた平坦な区画のことです。

兵士の配置や建物の設置、防御のための拠点など、さまざまな用途に使われました。

与板城では、山の尾根に沿って複数の曲輪が配置されています。

こうした曲輪の配置を縄張りと呼び、城の防御構造を理解する重要な手がかりになります。

曲輪は単に平らな場所が並んでいるわけではなく、それぞれの高さや位置関係にも意味があります。

例えば、敵が一つの曲輪を突破しても、さらに上の曲輪から防御できるように配置されることがあります。

現地では、曲輪と曲輪の間にどのくらいの高低差があるか、どの方向に通路が続いているかを観察すると面白いと思います。

堀切と土塁に注目

与板城跡で見逃したくないのが、堀切や土塁といった山城の防御施設です。

堀切は、尾根を横断するように掘られた溝のことです。

山の尾根は移動しやすい経路になるため、敵がそこを通って攻めてくる可能性があります。

そこで尾根を人工的に切り下げ、敵の進軍を妨げるために堀切が設けられました。

一方、土塁は土を盛り上げて築いた防御施設です。

土塁によって敵の侵入を防いだり、城内の防御位置を確保したりすることができました。

山城を楽しむなら、建物の有無だけでなく、こうした土の遺構に注目することが大切です。

草木が茂っている時期は形が分かりにくい場合もありますが、地面の起伏をよく観察すると、自然の地形とは異なる人工的な構造に気づくことがあります。

山城の遺構を見分けるポイント

  • 曲輪:山の斜面や尾根を削って造った平坦地
  • 堀切:尾根を横断するように掘られた溝
  • 土塁:防御のために土を盛り上げた構造
  • 切岸:曲輪の周囲を急斜面に加工した部分

これらの地形は、自然の起伏と見分けにくいこともあります。現地の案内板や縄張り図を参考にすると理解しやすくなります。

山城ならではの眺望と自然

与板城跡は丘陵に築かれた城なので、周辺の地形や景色も見どころの一つです。

山城は防御だけでなく、周囲を見渡して敵の動きを把握する役割も持っていました。

そのため、城跡の高い場所から周囲の地形を眺めることには、歴史的な意味もあります。

ただし、現在は樹木が成長しているため、すべての場所から広い景色が見えるとは限りません。

季節によって視界が変わることもあります。

春から秋にかけては緑に囲まれた山道を歩けますし、落葉期には地形が観察しやすくなる場合もあります。

景色だけでなく、自然の中を歩きながら戦国時代の城の姿を想像できるところも、与板城跡の魅力ですね。

与板城跡の登城ルートと所要時間

与板城跡は山城なので、見学には徒歩での移動が必要です。登山口や山道の状態を確認し、無理のない計画を立てることが大切です。

登山口から本丸跡までのルート

与板城跡へは、与板の市街地側から城跡へ向かう登城路を利用します。

山道を登りながら、曲輪や堀切などの遺構を見学する形になります。

ただし、登城路の入口や利用可能な経路は、整備状況や季節によって変わる可能性があります。

特に初めて訪れる場合は、現地の案内板や長岡市の観光情報を参考にして、正規のルートを確認しておきましょう。

山城では、地図上では近く見えても、実際には急な斜面や回り道があることも珍しくありません。

また、遺構を探そうとして登山道から外れると、滑落や道迷いの危険があります。

与板城跡では、無理に近道を探さず、整備された登城路を歩くことをおすすめします。

見学の所要時間はどれくらい?

与板城跡の見学時間は、登城口の位置や歩く速さ、遺構をどのくらい詳しく見るかによって変わります。

本丸跡を中心に散策する場合は、往復で1時間前後から1時間30分程度を一つの目安に考えられます。

曲輪や堀切などをじっくり観察するなら、2時間程度の余裕を持っておくと安心です。

見学内容所要時間の目安
本丸跡を中心に見学約60~90分
主な遺構をゆっくり散策約90~120分
写真撮影や地形観察を重視約2時間以上

これらは一般的な山城散策を想定した計画上の目安であり、実際の登城時間を保証するものではありません。

登城路の状況や体力、天候によって所要時間は大きく変わるため、時間には余裕を持っておきましょう。

登城の難易度とおすすめの服装

与板城跡は山道を歩くため、普段の街歩きとは少し違った準備が必要です。

特に雨の後は地面がぬかるみやすく、落ち葉や木の根で滑ることもあります。

足元は、滑りにくい運動靴やトレッキングシューズが安心です。

また、夏場は虫が多くなる可能性があるため、長袖・長ズボンを選ぶとよいでしょう。

登城時に用意したいもの

  • 滑りにくい靴
  • 動きやすい服装
  • 飲み物
  • スマートフォンと予備バッテリー
  • 虫よけ用品
  • 必要に応じて雨具やトレッキングポール

山道の途中には売店や自動販売機がない可能性があるため、飲み物は登城前に用意しておきましょう。

雨の日や冬季の登城はできる?

与板城跡は屋外の山城跡なので、天候によって歩きやすさが大きく変わります。

雨の日や雨上がりは、斜面や木の根が滑りやすくなるため注意が必要です。

また、新潟県長岡市周辺は冬季に積雪がある地域です。

雪が積もると登城路が分かりにくくなり、通常の散策とは異なる危険が生じます。

特に積雪期の山城散策は、雪山歩きの経験や装備が必要になる場合があります。

大雨・強風・積雪・路面凍結がある場合は、無理な登城を避けてください。登城路の安全性が確認できないときは見学を延期し、必要に応じて現地の管理者や登山・安全管理の専門家に相談してください。

与板城跡へのアクセスと駐車場

与板城跡は長岡市与板地域にあります。車で訪れる場合は登城口周辺の駐車場所を確認し、公共交通機関を利用する場合はバスの時刻を事前に調べておくと安心です。

車でのアクセス方法

与板城跡へ車で向かう場合は、北陸自動車道の中之島見附インターチェンジや長岡北スマートインターチェンジなどがアクセスの候補になります。

インターチェンジからは与板地域の市街地方面へ向かい、城跡の登城口を目指します。

ただし、与板城跡は山中にあるため、カーナビで城跡そのものを目的地に設定すると、車が通れない道を案内される可能性があります。

そのため、登城口や利用可能な駐車場所を事前に確認してから向かうのがおすすめです。

所要時間は出発地点や交通状況によって変わるため、余裕を持って計画しましょう。

駐車場はどこにある?

与板城跡を訪れる際は、登城口周辺で利用できる駐車場所を確認しておくことが重要です。

山城跡は一般的な観光施設と違い、大規模な専用駐車場が整備されていない場合があります。

また、登城路の入口付近に空き地があっても、必ずしも駐車が認められているとは限りません。

与板城跡についても、駐車可能な場所や台数を現地の最新案内で確認しておきましょう。

私有地や農道、生活道路への無断駐車は避け、地域の方の通行を妨げないようにしたいですね。

駐車場の位置や利用条件は変更される場合があります。正確な情報は長岡市の公式観光案内などで確認してください。現地に駐車禁止の表示がある場合は、その案内に従いましょう。

電車とバスでのアクセス

公共交通機関を利用する場合は、JR長岡駅が主なアクセス拠点になります。

長岡駅から与板方面へ向かう路線バスを利用し、与板地域の市街地から登城口へ向かう方法が考えられます。

ただし、最寄りのバス停から登城口までの距離や徒歩時間は、利用するルートによって異なります。

また、路線バスは運行本数が限られる場合があるため、帰りの時刻まで確認しておくことが大切です。

公共交通機関だけで訪れる場合は、登城時間に加えて、バス停からの徒歩移動時間も計画に含めましょう。

与板城跡と与板陣屋跡の違い

与板の歴史を調べていると、与板城跡のほかに与板陣屋跡という名前も登場します。どちらも与板の歴史に関係する場所ですが、成立した時代や役割が異なります。

戦国時代の与板城と江戸時代の与板陣屋

与板城は、主に戦国時代に直江氏が拠点とした山城です。

一方、与板陣屋は江戸時代の与板藩に関係する施設です。

江戸時代の与板では、牧野氏や井伊氏が藩政を担い、地域の政治の中心として陣屋が置かれました。

山の地形を利用して築かれた戦国時代の城と、江戸時代の藩政を行うための陣屋では、役割が大きく異なります。

そのため、直江兼続ゆかりの山城を見たい場合と、江戸時代の与板藩の歴史を知りたい場合では、訪れる場所が違ってきます。

比較項目与板城跡与板陣屋跡
主な時代戦国時代江戸時代
主な関係人物直江景綱・直江兼続牧野氏・井伊氏
立地丘陵上与板の市街地
特徴曲輪・堀切などの山城遺構与板藩の政治拠点

与板藩と井伊氏の歴史

江戸時代の与板藩は、長岡周辺の歴史を考えるうえでも興味深い存在です。

与板藩には牧野氏が入り、その後は井伊氏が藩主となりました。

井伊氏といえば、彦根藩の井伊家を思い浮かべる方も多いかもしれません。

与板藩の井伊氏も、同じ井伊一族に関係する家系です。

与板陣屋は、そうした江戸時代の藩政の中心として機能しました。

戦国時代の直江氏と江戸時代の井伊氏では時代背景が大きく異なるため、両方の史跡を巡ると、与板という地域の歴史の変化を感じられます。

与板城跡と与板陣屋跡を一緒に巡る楽しみ方

与板城跡を訪れるなら、与板陣屋跡などの歴史スポットも合わせて巡ると、より充実した散策になります。

まず与板城跡で戦国時代の山城を見学し、その後に市街地へ移動して江戸時代の史跡を巡る流れがおすすめです。

山城と陣屋を比較すると、城の役割や立地が時代によってどのように変わったのかが分かりやすくなります。

また、与板の市街地には歴史を感じさせる場所も残っています。

時間に余裕があれば、城跡だけでなく町歩きも楽しんでみたいですね。

与板城跡と一緒に訪れたい周辺観光スポット

与板城跡のある長岡市周辺には、歴史や自然を楽しめる観光スポットがあります。城跡見学と組み合わせれば、越後の歴史をより幅広く知ることができます。

与板の町並みと歴史散策

与板地域は、戦国時代の直江氏だけでなく、江戸時代の与板藩とも深い関係があります。

そのため、町の中を歩きながら歴史を感じられる場所を探すのも楽しみ方の一つです。

与板は打刃物の産地としても知られ、ものづくりの歴史を持つ地域です。

城跡の散策だけで終わらせず、地域の歴史や伝統産業にも目を向けると、与板の魅力がさらに広がります。

山城の見学で体を動かした後に、町の中をゆっくり歩くのもいいですね。

長岡城跡と長岡の歴史

長岡市中心部には、かつて長岡藩の居城だった長岡城の跡があります。

長岡城は江戸時代に長岡藩の政治拠点となった城で、与板城とは異なる時代の歴史を持っています。

現在は城の建物が残っていませんが、長岡駅周辺に城が存在していたことを知ると、街の見え方も変わってきます。

与板城が戦国時代の山城であるのに対し、長岡城は近世の平城として知られています。

この二つを比較しながら巡ると、城の構造や役割の変化を考えるきっかけになります。

上杉謙信ゆかりの栃尾地域

長岡市の栃尾地域には、上杉謙信ゆかりの史跡があります。

特に栃尾城跡は、若き日の長尾景虎が活動した城として知られています。

与板城跡が直江氏に関係する山城であるのに対し、栃尾城跡は上杉謙信の若い時代を知るうえで興味深い場所です。

どちらも越後の戦国史に関係するため、城跡巡りが好きな方にはおすすめの組み合わせです。

ただし、栃尾城跡も山城なので、同じ日に両方を登る場合は体力や移動時間を考えて計画しましょう。

与板城跡のよくある質問

最後に、与板城跡を訪れる前に気になりやすい疑問をまとめました。

与板城跡には天守閣が残っている?

与板城跡には天守閣や櫓などの建物は残っていません。

現在見学できる主な見どころは、曲輪や堀切、土塁などの山城遺構です。

建物の復元を楽しむ城跡ではなく、地形から戦国時代の城の構造を読み取る場所と考えるとよいでしょう。

与板城跡は直江兼続の城だった?

与板城は直江氏の居城として知られ、直江兼続とも関係する城です。

ただし、直江兼続が最初から城主だったわけではありません。

兼続は1581年に直江家を継ぎ、上杉景勝の重臣として活躍しました。

与板城の歴史を知る際には、直江景綱や直江信綱の存在も合わせて理解すると、より正確に楽しめます。

与板城跡は無料で見学できる?

与板城跡は屋外の史跡で、通常の散策に入館料は設定されていません。

ただし、特別なイベントやガイドツアーなどでは別途料金が必要になる可能性があります。

また、駐車場の利用条件などは現地の案内を確認してください。

初心者でも登城できる?

与板城跡は山道を歩く必要があるため、ある程度の体力と歩きやすい靴が必要です。

山城巡りが初めての方でも、正規の登城路を利用し、無理のないペースで歩けば見学を検討できます。

ただし、急な斜面や滑りやすい場所がある可能性があるため、天候や体調には十分注意してください。

与板城跡は何月に訪れるのがおすすめ?

一般的には、雪がなく気温も比較的穏やかな春や秋が山城散策に向いています。

春は新緑、秋は落葉によって地形が見やすくなることもあります。

一方、夏は暑さや虫への対策が必要で、冬は積雪や凍結による危険があります。

訪問する際は、当日の天気と登城路の状況を確認しましょう。

まとめ|与板城跡で直江氏ゆかりの山城を楽しもう

与板城跡は、新潟県長岡市与板町にある、直江氏ゆかりの戦国時代の山城です。

上杉謙信の重臣だった直江景綱や、上杉景勝を支えた直江兼続に関係する場所として、越後の戦国史を知るうえで興味深い史跡です。

現在は天守や櫓などの建物は残っていませんが、本丸跡や曲輪、堀切、土塁などの遺構を通じて、当時の山城の構造を感じることができます。

また、江戸時代の与板陣屋跡や長岡市内の歴史スポットと組み合わせれば、戦国時代から近世へと続く地域の歴史をより深く楽しめます。

私としては、与板城跡は立派な建物を眺める場所というより、山の地形を観察しながら戦国武将たちの時代を想像するのが楽しい城跡だと思います。

ただし、山道を歩く史跡なので、服装や天候には十分注意してください。所要時間やアクセス、駐車場の利用条件は一般的な目安を含むため、正確な情報は長岡市の公式サイトや現地案内をご確認ください。登城の安全性に不安がある場合は、必要に応じて現地の管理者や登山の専門家に相談し、最終的な判断をしてください。

越後の戦国史や直江兼続に興味がある方は、与板城跡を訪れて、歴史の舞台となった山城の魅力を感じてみてはいかがでしょうか。

与板城跡の見学前に確認したい最新の基本情報

与板城跡を訪れる際に特に注意したいのは、近くにある本与板城跡と混同しないことです。どちらも直江氏に関係する山城ですが、所在地や登城口、駐車場が異なります。

与板城跡と本与板城跡は別の史跡

直江氏は、もともと本与板城を本拠としていました。その後、直江信綱の時代に与板城へ拠点を移したと考えられています。

与板城は城山の頂上に実城、二ノ郭、三ノ郭を一列に配置し、それぞれを深い堀切で区切った構造が特徴です。

一方、本与板城は飯沼氏の居城だったと伝えられ、直江景綱・信綱・兼続の三代に関係する城として知られています。

直江氏の歴史をより深く知りたいなら、与板城跡と本与板城跡の両方を巡るのもおすすめです。

実城跡の城山稲荷神社とお船清水

与板城跡の実城には、現在、城山稲荷神社があります。

また、実城の東側には大きな曲輪があり、そこには直江兼続の妻・お船が水を汲んでお茶をたてたと伝わる「お船清水」があります。

こうした伝承の残る場所を訪れると、山城の軍事的な役割だけでなく、直江氏に関係する人々の暮らしにも思いを巡らせることができます。

さらに、城跡には門跡や直江兼続の直筆書に由来する碑などもあり、遺構と歴史的な記念物を合わせて楽しめます。

駐車場と登城口へのアクセス

長岡市の公式案内では、与板城跡には16台分の駐車場があります。

車でのアクセスは、北陸自動車道の長岡北スマートインターチェンジから約10分、中之島見附インターチェンジから約15分、関越自動車道の長岡インターチェンジから約20分が目安です。

公共交通機関の場合は、JR長岡駅大手口12番線から与板方面のバスに乗り、上与板バス停で下車します。バス停から与板城の入口までは徒歩約10分です。

駐車場は登城口から少し離れているため、現地の案内看板に従って向かいましょう。

なお、駐車場の利用状況や登城路の整備状況は変わる場合があります。出発前に長岡市公式サイトの与板城跡案内を確認しておくと安心です。

与板城跡の基本情報

住所 新潟県長岡市与板町与板乙835
アクセス 長岡市与板地域から徒歩で登城

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