広島城の見どころは?閉城後の現在と歴史・アクセス

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広島城

広島観光で広島城へ行ってみたいけれど、2026年現在は天守の中に入れるのか、料金や営業時間はどうなっているのか気になっている人も多いのではないでしょうか。

広島城は毛利輝元が築いた城として知られ、鯉城という別名や歴史、原爆による天守の倒壊、戦後の復元など、広島という街の歩みと深く関わっています。日本100名城のスタンプや御城印について調べている人もいますね。

特に注意したいのが、広島城天守は2026年3月22日をもって閉城したことです。ただし、広島城そのものへ行けなくなったわけではなく、現在も天守の外観や二の丸復元建物、石垣、堀などを見ることができます。

今回は、現在の広島城で何が見られるのかを中心に、見どころや歴史、観光の所要時間、アクセス、駐車場、二の丸の開館時間まで、初めて訪れる人にも分かりやすく紹介します。

  • 2026年に天守が閉城したあとの広島城の楽しみ方
  • 毛利輝元による築城から現在までの歴史
  • 二の丸や石垣など現在見学できるスポット
  • 所要時間・アクセス・駐車場などの観光情報
目次

広島城は現在どうなっている?

現在の広島城を観光するうえで、最初に知っておきたいのが天守の状況です。以前の観光情報を見ると天守内部の展示や展望について紹介されていますが、2026年10月現在は状況が大きく変わっています。

広島城天守は2026年3月22日に閉城

広島城の天守は、2026年3月22日をもって閉城しました。

理由となったのは、鉄筋コンクリート造の天守におけるコンクリートの劣化や設備の老朽化などです。安全面を考慮して閉城することになりました。

そのため、2026年10月現在は天守内部へ入って見学することはできません。

以前は天守内部が広島の武家文化などを紹介する博物館として使われ、最上階から広島市街を眺めることもできましたが、現在の観光ではここを間違えないようにしたいですね。

過去に公開された観光記事や旅行ガイドには、広島城天守の入館料や内部展示、最上階からの眺望などが掲載されている場合があります。2026年3月22日に天守は閉城しているため、現在は内部へ入場できません。

閉城しても天守の外観は見ることができる

「天守が閉城したなら、広島城へ行っても見られないの?」と思うかもしれませんが、そうではありません。

閉城後も天守の建物は残されており、外観を鑑賞することができます。

堀と石垣、その奥に立つ天守という広島城らしい景観は現在も見ることができます。

私なら、初めて広島城へ行く場合は天守の中へ入れないことだけを理由に候補から外さないですね。

広島城は天守だけで完結する場所ではありません。二の丸の復元建物や石垣、堀、被爆の痕跡などを歩いて見ることで、戦国時代から近代、原爆投下、戦後復興までの歴史を一つの場所で感じられます。

広島城天守は閉城していますが、天守の外観、二の丸復元建物、石垣、堀などの見学は現在も可能です。「広島城全体が閉鎖された」という意味ではありません。

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広島城はどんな城?知っておきたい特徴

広島城は山の上に築かれた城ではなく、太田川河口の三角州に築かれた平城です。現在の広島という街が発展していく出発点のひとつともいえる場所なので、その特徴を知ってから歩くと面白さが増します。

毛利輝元が築いた典型的な平城

広島城の築城を始めたのは、戦国武将として知られる毛利輝元です。

毛利氏と聞くと、毛利元就を思い浮かべる人が多いかもしれません。輝元は元就の孫にあたります。

毛利氏はそれまで吉田郡山城を本拠としていましたが、領国の拡大などを背景に、新たな本拠として太田川河口の三角州に広島城の築城を開始しました。

広島城が築かれたのは1589年からとされています。

現在では広島市の中心部に城がありますが、当時この場所は太田川がつくった三角州でした。そこへ城を築き、その周囲に城下町が形成されていきます。

広島城の築城が現在の広島という都市の形成につながっていったと考えると、単なる観光スポットとは少し違って見えてきますね。

広島城には鯉城という別名がある

広島城には鯉城(りじょう)という別名があります。

なぜ鯉城と呼ばれるようになったのかについては複数の説があり、はっきりと確定しているわけではありません。

広島城が建つ場所がかつて「己斐浦」と呼ばれていたことに由来するという説や、堀に多くの鯉がいたという説などがあります。

広島と「鯉」のつながりを聞くと、プロ野球の広島東洋カープを思い浮かべますよね。「Carp」は英語で鯉を意味します。

城を歩きながら、現在の広島に残る「鯉」というモチーフを探してみるのも面白いかなと思います。

黒い下見板が印象的な天守

広島城の天守は、外観の黒い下見板が印象的です。

白い城壁が目立つ城とは雰囲気が違い、黒い板張りの部分が広島城らしい落ち着いた外観をつくっています。

現在の天守は五層五階の鉄筋コンクリート造で、天守台を含めた高さは39m、鯱瓦まで含めると約40mあります。

堀の水面と石垣、黒い天守を一緒に見ると、都市の中心部にいることを一瞬忘れるような景色になります。

広島城の歴史を簡単に知っておこう

広島城には、戦国時代の築城だけでなく、江戸時代、明治時代、原爆投下、戦後復興という非常に長い歴史があります。特に現在の天守を見るうえでは、1945年と1958年という二つの年を知っておきたいところです。

1589年に毛利輝元が築城を開始

毛利輝元が広島城の築城を開始したのは1589年です。

その後、毛利氏は関ヶ原の戦いを経て広島を離れ、福島正則が広島城へ入ります。

さらに福島氏のあとには浅野氏が入り、江戸時代を通して広島藩の中心として機能しました。

現在の広島市街を歩いていると大都市という印象が強いですが、その街の中心に戦国時代から続く城跡が残っているんですね。

私は城を見るとき、天守そのものだけでなく「なぜこの場所に城を造ったのか」を考えるのが好きです。広島城の場合は、川と三角州、城下町の位置関係を意識して歩くと、立地そのものが見どころになってきます。

原爆投下まで江戸時代の天守が残っていた

広島城で特に知っておきたいのが、1945年まで築城当時から続く木造天守が残っていたということです。

明治維新後、日本各地で多くの城郭建築が失われましたが、広島城の大天守は残りました。

1931年には旧国宝にも指定されています。

ところが1945年8月6日、広島へ原子爆弾が投下され、その爆風によって天守は倒壊しました。

広島城を訪れるときは、戦国時代の城としての歴史だけではなく、被爆した城跡であることも忘れずに見ておきたいですね。

現在の天守は1958年に外観復元された

現在見ることができる天守は、戦前から残る木造天守ではありません。

戦後、広島では天守再建への機運が高まり、1957年10月に工事が始まりました。

そして1958年3月26日に鉄筋コンクリート造の天守が完成します。

復元にあたっては、戦前に作成されていた立面図や断面図、古写真などが参考にされました。

つまり現在の天守は、戦国時代の建築そのものではない一方、戦後の広島が復興していく過程で造られた建物でもあります。

現在の広島城天守は1958年に外観復元され、その後約68年間にわたって広島の復興を象徴する存在として親しまれてきました。2026年3月22日に内部公開を終了しましたが、建物そのものは現在も残されています。

現在の広島城で見ておきたい場所

天守内部へ入れなくなった現在は、広島城跡全体を歩いて楽しむことが以前にも増して重要になっています。二の丸、表御門、石垣、堀など、天守以外にも見どころがあります。

天守は堀や石垣と一緒に外から眺めたい

まず見ておきたいのは、やはり広島城天守の外観です。

内部には入れませんが、外から見ることはできます。

近くまで行って天守を見上げるだけでなく、少し距離を取って堀や石垣まで含めて眺めると、城らしい景観を楽しみやすくなります。

広島城は堀の水面と天守を一緒に眺められる場所を探しながら歩くのがおすすめです。

風が穏やかな日には水面に城や周囲の木々が映ることもあり、写真を撮るのも楽しいですね。

天守内部へ入れない分、時間に追われず外からいろいろな角度を探せるのは、現在ならではの楽しみ方とも言えそうです。

二の丸の表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓

現在の広島城観光でぜひ立ち寄りたいのが二の丸復元建物です。

二の丸には表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓、御門橋が復元されています。

表御門と御門橋は1991年、平櫓・多聞櫓・太鼓櫓は1994年に復元されました。

天守と同じように鉄筋コンクリートで外観だけを再現した建物ではなく、二の丸の建物は伝統的な工法を用いて復元されています。

門をくぐり、櫓へ入り、内部の木造建築を見ると、外から天守だけを眺めるのとはまた違った城らしさを感じられます。

2026年10月現在も二の丸復元建物は見学できます。天守閉城後の広島城では特に外したくない場所です。

二の丸復元建物は無料で見学できる

二の丸復元建物は入館無料です。

2026年10月現在の開館時間は季節によって異なります。

期間二の丸復元建物の開館時間
4月~9月9:00~17:30
10月~3月9:00~16:30
入館閉館30分前まで
料金無料

10月から3月は閉館時間が早くなるので、午後遅い時間に広島城へ行く場合は注意したいですね。

城跡の屋外散策と違い、二の丸復元建物には開館時間があります。内部まで見たい場合は、最初に二の丸へ向かってから城跡を散策する方法もあります。

石垣にも広島城の歴史が残っている

城を訪れると天守ばかり見てしまいがちですが、広島城では石垣にも注目してみてください。

石の大きさや積み方を眺めながら歩くだけでも、現代の建物とはまったく違う雰囲気があります。

さらに、原爆によって失われた建物が多い広島城では、残された石垣や城郭の地形そのものが歴史を伝える重要な存在です。

天守だけを写真に撮って帰るより、門から本丸へ入り、石垣や堀との位置関係を見ながら歩くほうが「城を見た」という感覚が強くなるかなと思います。

広島城には原爆の痕跡も残っている

広島城は戦国時代や江戸時代だけを知る場所ではありません。1945年8月6日の原爆投下と深く関わる史跡も城内に残されています。

広島大本営跡が残されている

広島城本丸には広島大本営跡があります。

日清戦争が始まった1894年には、広島城内に大本営が置かれ、明治天皇も広島に滞在しました。

その建物は原爆投下によって失われ、現在は基礎などが残されています。

戦国時代の城だった場所が、明治時代には軍事上の重要拠点となり、さらに第二次世界大戦では被爆地となったことが分かります。

ひとつの城跡でこれほど異なる時代の歴史が重なっているところは、広島城を歩くうえで大きなポイントだと思います。

被爆樹木からも原爆の歴史を感じる

広島城跡には、原爆投下を経験した被爆樹木も残されています。

建物のような史跡だけではなく、現在も生き続けている木が被爆の記憶を伝えているんですね。

広島城へ行くと、どうしても天守や石垣に目が向きます。しかし、城内をゆっくり歩くなら案内板にも目を向けてみてください。

戦国時代の広島城と、1945年の広島。そして戦後に再建された天守を同じ場所で見ることで、広島城が持つ歴史の幅が見えてきます。

広島城は「戦国時代の城」と「被爆地としての歴史」の両方を知ることができる場所です。天守だけを目的にするのではなく、城跡全体を歩いてみると印象がかなり変わります。

広島城観光の所要時間はどれくらい?

天守内部が閉城したことで、以前とは観光に必要な時間も変わっています。現在は外観や二の丸、城内の史跡をどこまで見るかによって所要時間を考えると分かりやすいです。

外観中心なら30分から45分程度が目安

天守の外観を見て、写真を撮り、周囲を軽く散策する程度なら、30分から45分程度をひとつの目安にできます。

ただし、これはあくまで一般的な目安です。

天守内部が閉城しているため、以前より短時間でも主要な外観を見ることはできます。

広島市内で原爆ドームや平和記念公園、縮景園など複数の場所を回りたい場合は、広島城を短時間で組み込むことも可能ですね。

二の丸や史跡まで見るなら1時間から1時間30分程度

私なら初めて広島城へ行くなら、1時間から1時間30分程度は確保したいです。

二の丸復元建物の内部を見て、天守の外観を眺め、本丸を歩き、大本営跡や被爆樹木なども見ていくと、それなりに時間が必要になります。

さらに堀の周辺を歩きながら撮影したり、説明板をじっくり読んだりするなら、もっと長く滞在することもあります。

現在は天守内部へ入れないため、以前の観光所要時間をそのまま参考にしないほうが分かりやすいです。外観だけなら短時間、二の丸や城内史跡まで見るなら1時間以上を目安にすると予定を立てやすいでしょう。

広島城の日本100名城スタンプはどうなる?

お城巡りをしている人にとって気になるのが日本100名城スタンプです。天守は閉城しましたが、スタンプを押すことはできます。

日本100名城スタンプは現在も押せる

広島城は日本100名城のひとつです。

2026年10月現在、日本100名城スタンプは天守入口前の屋根付き通路に設置されています。

公式案内では自由に押印できるようになっています。

天守内部にスタンプが置かれているわけではないので、閉城後も100名城巡りを続けている人は安心ですね。

ただし、今後の天守整備や工事などに伴って設置場所が変更される可能性はあります。遠方からスタンプ目的で訪れる場合は、直前にも確認しておくと安心です。

御城印は販売場所と種類を現地で確認

城巡りの記念として御城印を集めている人も多いですよね。

広島城でも御城印が販売されてきましたが、限定版などを含めて種類や販売状況が変わることがあります。

天守閉城後は三の丸エリアや二の丸ミュージアムショップなど城内の施設構成も変化しています。

御城印を目的に訪れる場合は、その時点で販売されている種類と販売場所を現地または公式情報で確認するのがおすすめです。

広島城三の丸にも立ち寄ってみたい

現在の広島城では、三の丸エリアの整備も進められています。天守閉城後の広島城を楽しむうえで、これからさらに重要になっていく場所です。

三の丸には飲食やショップなどの施設がある

広島城三の丸には、飲食店やショップなどを備えたエリアが整備されています。

城跡を歩いたあとに休憩したり、お土産を探したりできるので、以前の「天守を見て帰る」という観光とは違った楽しみ方ができます。

歴史だけに興味がある人だけでなく、広島旅行の途中で気軽に立ち寄りたい人にも利用しやすくなっていますね。

天守の内部へ入れなくなった現在は、二の丸・本丸・天守外観・三の丸をひとつのエリアとして歩くと、広島城を楽しみやすいかなと思います。

広島城三の丸歴史館は2027年6月1日開館予定

2026年10月1日、広島城三の丸歴史館が2027年6月1日に開館することが発表されました。

同日には広島城三の丸の第2期エリアも開業する予定です。

閉城した天守に収蔵されていた刀剣、鎧、瓦などの資料についても、新しい歴史館へ移される計画が進められています。

2027年6月以降は、広島城の歴史を学ぶ中心的な施設が三の丸歴史館へ移っていくことになりそうですね。

2026年10月現在、広島城三の丸歴史館はまだ開館していません。2027年6月1日の開館予定なので、訪問時期を間違えないようにしてください。

広島城へのアクセス

広島城は広島市中心部にあり、公共交通機関を使ってアクセスできます。広島駅から向かう場合は路面電車、バス、観光ループバスなど複数の選択肢があります。

紙屋町東・紙屋町西から歩いて向かえる

広島電鉄を利用する場合は、紙屋町東または紙屋町西で下車して広島城へ向かえます。

広島駅南口前の市内電車乗り場からは、1・2・6番の電車を利用できます。

紙屋町周辺は原爆ドームや広島平和記念公園方面へも移動しやすいので、広島市中心部の観光を組み合わせるときにも便利ですね。

広島城だけを単独で見るより、市内中心部を歩きながら複数の観光スポットを回ると、広島という街の歴史をより感じやすいと思います。

広島駅からバスやめいぷるーぷも利用できる

広島駅からは路線バスのほか、観光客向けのひろしま観光ループバス「めいぷるーぷ」も利用できます。

路線バスを利用する場合は、広島駅南口前の7番・8番乗り場から合同庁舎前を経由するバスがあります。

めいぷるーぷは広島駅新幹線口側から利用できます。

旅行中に公共交通機関を中心に移動するなら、ほかの観光地との位置関係を確認しながら利用方法を選ぶといいですね。

広島城に駐車場はある?

車で広島城へ行く場合に注意したいのが駐車場です。広島城跡内には一般車用の専用駐車場がありません。

広島城跡内には専用駐車場がない

広島城跡内には一般車用の駐車場がありません。

車で訪れる場合は、周辺の一般駐車場を利用します。

以前の情報では特定駐車場の割引について紹介されている場合がありますが、広島城公式サイトでは2025年3月31日をもって駐車場割引券の配布を終了したと案内しています。

古い旅行情報に掲載されている駐車場割引を前提に料金を計算しないようにしてください。駐車料金や利用条件は変更される場合があります。

広島城三の丸駐車場から天守まで徒歩約5分

公式サイトでは、城南通り北側にある広島城三の丸駐車場が便利な駐車場として案内されています。

三の丸駐車場から天守までは徒歩約5分です。

項目内容
広島城内の専用駐車場なし
利用しやすい駐車場広島城三の丸駐車場
天守まで徒歩約5分
駐車料金30分210円

山陽自動車道の広島ICから広島城までは車で約20分が目安です。

ただし、市街地なので道路状況や時間帯によって所要時間は変わります。駐車場の満車も考えて、時間に余裕を持って移動したいですね。

広島城は季節ごとの景色も楽しめる

広島城は歴史を学ぶだけでなく、堀や木々に囲まれた景色を楽しめる場所でもあります。季節によって天守周辺の印象が変わります。

春は桜と天守の景色が楽しめる

広島城周辺は桜のスポットとしても知られています。

春になるとソメイヨシノを中心とした桜が咲き、黒い天守と淡い桜を一緒に見ることができます。

堀の外周まで含めると多くの桜があり、城を眺めながら春らしい散策を楽しめます。

桜の開花時期は毎年の気象条件によって変わります。桜を目的に訪れる場合は、その年の開花状況を直前に確認しておくのがおすすめです。

秋の紅葉や夜のライトアップにも注目

秋には城内の木々が色づき、春とは違った景色になります。

さらに広島城では、時期やイベントに合わせて天守のライトアップが行われることがあります。

2026年10月にはピンクリボン月間に合わせたピンク色のライトアップも実施されています。

昼間に見る黒い天守とは印象がかなり変わるので、夜に広島市中心部を歩く予定があるならライトアップ情報も確認してみるといいですね。

広島城を訪れる前に確認したいこと

現在の広島城は、天守閉城や三の丸整備によって大きな変化の途中にあります。古い観光情報と現在の状況が異なるため、訪問前の確認が特に重要です。

天守閉城前の情報と混同しない

インターネットで広島城を調べると、天守の入館料や最上階の展望、天守内部の展示について紹介しているページが現在も見つかります。

しかし、2026年3月22日をもって天守内部の一般公開は終了しています。

現在は天守の外観、二の丸復元建物、城内史跡、三の丸などを中心に観光する形です。

特に「広島城の料金」を調べている場合、過去の天守観覧料を現在の料金だと勘違いしないようにしたいですね。

今後も広島城は大きく変わる可能性がある

閉城した現在の天守については、今後の整備方法が検討されています。

木造復元についても調査・検討されていますが、2026年10月現在、木造復元が正式決定しているわけではありません。

一方で、2027年6月1日には三の丸歴史館の開館が予定されており、広島城の観光環境はこれからも変化していきます。

開館時間、休館日、駐車料金、イベント、施設の公開状況などは今後変更される可能性があります。この記事に記載した数値は2026年10月時点の情報を基準とした一般的な目安です。正確な情報は公式サイトをご確認ください。安全面や身体的な事情など個別の判断が必要な場合は、最終的な判断は専門家にご相談ください。

広島城の見どころと現在の観光情報まとめ

広島城は毛利輝元の築城から原爆による天守倒壊、戦後の外観復元、そして2026年の天守閉城まで、広島の歴史とともに歩んできた城です。最後に現在の重要なポイントを整理します。

天守閉城後も広島城跡は見どころが多い

広島城で最も重要な変更点は、2026年3月22日に天守が閉城したことです。

しかし、広島城そのものが閉鎖されたわけではありません。

  • 広島城は1589年に毛利輝元が築城を開始
  • 築城当時の木造天守は1945年の原爆で倒壊
  • 現在の天守は1958年に鉄筋コンクリート造で外観復元
  • 天守内部は2026年3月22日に閉城
  • 閉城後も天守の外観は鑑賞可能
  • 二の丸復元建物は現在も無料で見学可能
  • 日本100名城スタンプは天守入口前で押印可能
  • 広島城跡内には一般車用の専用駐車場なし

以前なら天守内部の展示が広島城観光の中心でしたが、現在は少し楽しみ方が変わっています。

私はむしろ、二の丸から門をくぐって本丸へ入り、石垣や堀を見ながら天守へ近づいていく歩き方をしてみたいですね。そして大本営跡や被爆樹木にも立ち寄れば、戦国時代だけでは終わらない広島城の歴史が見えてきます。

さらに2027年6月1日には広島城三の丸歴史館の開館も予定されています。天守閉城は大きな節目ですが、広島城は今まさに次の姿へ変わっている途中です。

これから訪れるなら、「天守に入れない広島城」ではなく、毛利輝元の築城から被爆、戦後復興、そして現在まで続く広島の歴史を歩いて見る場所として巡ってみると、より印象に残る観光になるかなと思います。

広島城の基本情報

住所 広島県広島市中区基町21-1
営業時間 天守閣等の公開時間は公式サイトで最新情報を確認
定休日 休館日は公式サイトを確認
駐車場 周辺有料駐車場を利用
アクセス 広島電鉄紙屋町東・紙屋町西電停から徒歩約15分

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