船の科学館の閉館理由は?解体状況と宗谷や跡地の行方を解説

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船の科学館の閉館理由は?解体状況と宗谷や跡地の行方を解説

お台場のランドマークとして長年親しまれてきた、あの白い客船の形をした建物。船の科学館がついに姿を消そうとしていることに、驚きや寂しさを感じている方も多いのではないでしょうか。

私自身、子供の頃に連れて行ってもらった思い出の場所なので、解体のニュースを聞いたときは正直ショックでした。船の科学館の閉館理由は何なのか、そしていつから解体が始まり、あの有名な羊蹄丸や宗谷はどうなってしまうのか。

この記事では、皆さんが気になっている疑問を整理して、現在の様子とともにお伝えしていきたいと思います。

  • 老朽化や維持費など閉館に至った3つの理由
  • 2025年まで続く解体工事のスケジュールと現状
  • 羊蹄丸のその後と南極観測船宗谷の公開状況
  • 気になる跡地利用やリニューアル計画の可能性
目次

船の科学館の閉館理由と老朽化の問題

まずは、なぜあんなに立派な建物を壊さなければならなかったのか、その理由について深掘りしていきましょう。実は、単に「古いから」という一言では片付けられない、海沿いの施設ならではの深刻な事情や、時代の変化によるコンセプトの転換など、いくつかの要因が重なっているんです。

2011年の休止と完全閉館はいつか

「あれ?船の科学館って、もっと前に閉館してなかったっけ?」と思った方もいるかもしれません。実はこの感覚、間違っていないんです。

船の科学館の閉館には、大きく分けて2つの段階がありました。

2011年9月本館の展示休止(実質的な博物館機能の縮小)
2024年1月別館展示場・屋外展示の終了(完全な閉館へ)
2024年2月〜本館の解体工事開始

2011年の時点で、メインの建物である本館の展示は休止されていました。それ以降は、敷地内の別館や南極観測船「宗谷」を中心とした展示を行っていましたが、2024年1月末をもって別館などの公開も終了し、いよいよ完全な解体フェーズに入ったというのが正確な流れです。

建物設備の老朽化と塩害の影響

最大の理由は、やはり建物の老朽化です。でも、ただ古くなっただけではありません。場所がお台場の海沿いというのが大きなポイントです。

1974年の開館から約50年。半世紀もの間、潮風と海水飛沫を浴び続けたコンクリートは、想像以上にダメージを受けていました。これを専門用語で「塩害」と呼びます。

塩害とは? 海からの塩分がコンクリート内部に浸透し、中の鉄筋を錆びさせてしまう現象です。鉄筋が錆びて膨らむと、内側からコンクリートを破壊してしまうため、建物の安全性が保てなくなります。

あの客船型のユニークなデザインは素敵でしたが、複雑な形状ゆえにメンテナンスも難しく、現代の耐震基準やバリアフリーに対応させるには、改修よりも解体の方が現実的だったのかもしれません。

維持費と羊蹄丸の保存展示終了

物理的な寿命だけでなく、経済的な理由も見逃せません。特に大きかったのが、巨大な展示物の維持コストです。

かつて船の科学館には、青函連絡船「羊蹄丸(ようていまる)」が係留されていましたよね。海に浮かぶ船は「フローティングパビリオン」として魅力的ですが、水に浮いている以上、定期的にドックに入れてメンテナンスをしないと沈んでしまいます。

この維持費だけでも数億円規模かかると言われており、博物館の経営を圧迫する大きな要因となっていました。2011年の本館休止と同時に羊蹄丸の展示が終了した背景には、こうした「重厚長大」な展示物を維持し続けることの限界があったのです。

シーサイドプールの営業終了と経緯

夏休みといえば「船の科学館のプール!」という思い出がある方も多いのではないでしょうか。流れるプールやスライダーがあり、お台場の夏の名物でしたよね。

しかし、このシーサイドプールも2008年(平成20年)に営業を終了しています。

プール終了の背景

  • プールの設備自体の老朽化
  • お台場周辺に他のレジャー施設が増えたことによる競争激化
  • 収益性の低下

プール跡地はその後、カヌー体験などに使われていましたが、現在は2020年東京パラリンピックのレガシーとして「日本財団パラアリーナ」などのスポーツ施設に生まれ変わっています。プールの閉鎖は、船の科学館がレジャー施設から次の形態へ変化していく最初のサインだったのかもしれません。

船から海洋へのテーマ変更とリニューアル

そしてもう一つ、前向きな理由として挙げられるのが「博物館としてのテーマの変更」です。

かつて日本が造船大国として世界一を誇っていた時代は、「船そのもの(ハードウェア)」を見せることが重要でした。しかし、環境問題や海洋資源が重視される現代では、学ぶべきテーマが変化しています。

テーマの転換

  • これまで:「船」(造船技術、エンジンの実物など)
  • これから:「海洋」(海と人の共生、環境、海洋安全保障など)

「船」という枠組みを超えて「海全体」を学ぶ施設に生まれ変わるためにも、一度あの巨大な建物をリセットする「創造的破壊」が必要だったのだと私は感じています。

船の科学館の閉館理由と現在の解体状況

ここまでは閉館に至った背景を見てきましたが、ここからは「今、どうなっているのか?」という現状にスポットを当ててみましょう。解体工事の進み具合や、かつての展示物たちがどこへ行ったのかを追跡しました。

本館解体工事の期間と進捗状況

現在、お台場の現地では本格的な解体工事が進められています。象徴的だった赤と白の展望塔も、すでに姿を消してしまいました。

工事期間2024年2月 〜 2025年10月末(予定)
施工業者五洋建設
現在の状況展望塔は撤去済み。本館建物も防音パネルや足場で覆われ、徐々に解体が進行中。

SNSなどでは、外壁が剥がされて鉄骨がむき出しになった様子が「まるで建造中のドックのようだ」と話題になりました。壊されていく過程が、皮肉にも「船が生まれる場所」のように見えるというのは、なんだか感慨深いものがありますね。

注意 現在は工事用フェンスで囲まれており、敷地内への立ち入りは制限されています。見学に行く際は、安全な場所から眺めるようにしましょう。

青函連絡船羊蹄丸の解体とその後

かつて本館の横に係留されていた青函連絡船「羊蹄丸」。2011年の展示終了後、どうなったのか気になっている方も多いはずです。

残念ながら、羊蹄丸はすでに解体され、現存していません。

2012年に愛媛県新居浜市へ無償譲渡され、一般公開された後、香川県の多度津町で解体されました。しかし、ただスクラップになったわけではありません。「シップリサイクル(資源循環)」の研究事例として、その最期までデータを提供し、海事科学の発展に貢献したそうです。

南極観測船宗谷はどうなるのか

「えっ、じゃあ全部なくなっちゃうの?」と心配になった方、安心してください。奇跡の船「宗谷(そうや)」だけは、現在も公開が継続されています!

現在の南極観測船「宗谷」

  • 場所: 船の科学館に隣接する専用桟橋
  • 見学: 可能(※詳細は公式サイトで最新情報を確認してください)
  • 重要性: 本館なき今、船の科学館の魂を受け継ぐ唯一の存在

昭和の激動の時代を生き抜き、南極への道を切り開いた宗谷。本館が解体されていく横で、変わらず海に浮かんでいる姿を見ると、その生命力の強さに改めて感動します。お台場に行った際は、ぜひ会いに行ってみてください。

跡地利用はどうなる?再開発の計画

広大な船の科学館の跡地、一体何になるのでしょうか?

現時点では、具体的な建物の建設予定などは「未定」とされています。ただ、敷地の一部はすでに「日本財団パラアリーナ」として活用されており、スポーツやインクルーシブ社会の発信拠点としての色が濃くなっています。

また、すぐ隣には大型客船が寄港する「東京国際クルーズターミナル」も開業しています。これらと連携した、新しい形の海洋教育施設や、緑豊かな公園として整備される可能性もありそうですね。

船の科学館の閉館理由と未来への期待

船の科学館の閉館理由は、50年という月日による老朽化、維持コストの増大、そして時代の変化に合わせたテーマの転換でした。

あの白い船の形をした建物がなくなってしまうのは本当に寂しいですが、それは「終わり」ではなく、新しい時代の海との関わり方を模索するための「再出発」なのだと思います。

解体工事は2025年秋頃まで続く予定です。かつての姿を記憶に留めつつ、宗谷を守りながら、この場所がまた新しい「海の学び舎」として生まれ変わる日を楽しみに待ちたいですね。

船の科学館の情報

公式サイト船の科学館
住所東京都品川区東八潮3−1
営業時間10:00から16:00まで
料金無料
電話番号03-5500-1111
休館日はありますか?月曜日(もし月曜日が祝日の場合は翌日)12月28日から1月3日までは休館

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