
徳島で山城を巡るなら、一宮城跡が気になっている人も多いのではないでしょうか。続日本100名城に選ばれている徳島県最大規模の山城で、本丸跡には石垣が残っていますが、初めてだと登山口から何分くらい歩くのか、駐車場はあるのか、登山道は歩きやすいのか気になりますよね。
一宮城跡は徳島市一宮町にあり、一宮神社の近くに登山口があります。本丸までは徒歩約30分が目安で、標高144mと数字だけを見るとそれほど高くありませんが、実際には山道を歩くため、歩きやすい靴と動きやすい服装で訪れたい城跡です。
この記事では、一宮城跡の歴史や本丸石垣、才蔵丸、明神丸などの見どころをはじめ、登山ルートと所要時間、続日本100名城スタンプ、一宮神社、アクセス、駐車場まで、登城前に知っておきたい情報をまとめて紹介します。
- 一宮城跡の歴史と徳島県最大規模とされる山城の特徴
- 本丸石垣・才蔵丸・明神丸などの見どころ
- 登山口から本丸までの時間と登城時の注意点
- 続日本100名城スタンプ・アクセス・駐車場情報
一宮城跡はどんな城?
一宮城跡は、鮎喰川の南側に築かれた大規模な山城です。現在は天守や櫓などの建物こそ残っていませんが、曲輪や石垣、竪堀、土塁などが山中に残り、中世から近世へ移り変わる阿波の城の姿を感じられます。
徳島県最大規模の山城
一宮城は、四国山地から延びる尾根を利用して築かれた徳島県最大規模の山城です。
最高所となる本丸は標高約144m。城域は東西約800m、南北約500mに及び、本丸を中心として才蔵丸、明神丸、小倉丸、椎丸、水ノ手丸など数多くの曲輪が配置されています。
曲輪とは、山を削ったり盛ったりして造られた平坦な区画のことです。建物を置いたり兵を配置したりするために利用され、山城を見るうえでは重要なポイントになります。
さらに竪堀や土塁、堀切、貯水池跡なども残っています。
一見すると普通の山に見える場所でも、地形を意識しながら歩いてみると、山全体を巨大な防御施設として利用していたことが分かってきます。
1954年に徳島県指定史跡となった
一宮城跡は、1954年8月6日に徳島県指定史跡となりました。
現在も建物を再建した観光城ではなく、山城として残された遺構そのものを見る史跡です。
そのため、きれいに復元された天守を見るというより、「この尾根をどう守ったのか」「なぜここに曲輪を置いたのか」と考えながら歩くのが面白い城ですね。
徳島市では一宮城跡について発掘調査や地形測量、石垣、縄張り、文献などの総合調査も行われてきました。
一宮城跡は建物を見る城ではなく、石垣や曲輪、堀、山の地形そのものを楽しむ山城です。城跡巡りが初めてなら、登山口の案内板で全体像を確認してから登ると遺構の位置関係が分かりやすくなります。
一宮城跡の歴史
一宮城の歴史は南北朝時代までさかのぼります。一宮氏の城として始まり、三好氏や長宗我部氏をめぐる戦いを経て、蜂須賀家政の阿波支配にも関わった重要な城でした。
1338年に小笠原長宗が築いたと伝わる
一宮城は、阿波守護の子孫とされる小笠原長宗が暦応元年(1338年)に築いたと伝えられています。
その後、小笠原氏の子孫にあたる一宮氏が代々の居城としました。
鮎喰川を眼下に望み、背後には急峻な山地が続きます。敵が簡単に攻め込めない天然の地形を生かせるため、山城を築くには適した場所だったことが想像できます。
現在の登城でも斜面を登る必要がありますが、戦国時代に武装してこの山を攻めることを考えると、立地そのものが大きな防御力だったのでしょうね。
三好氏と長宗我部氏の攻防の舞台になった
戦国時代になると、一宮城周辺は細川氏、三好氏、長宗我部氏などが争う舞台となりました。
天正10年(1582年)には、阿波を制圧した長宗我部元親が一宮城に兵を配置します。
四国統一を進めていた長宗我部氏にとって、一宮城は単なる地方の山城ではありませんでした。
その後に迫る豊臣秀吉の四国平定に備える防衛拠点のひとつとして使われます。
現在残っている大規模な城域を歩いてみると、ここが阿波東部の重要な軍事拠点だったことを実感しやすいと思います。
蜂須賀家政が阿波で最初の居城とした
天正13年(1585年)、豊臣秀吉による四国平定が終わると、阿波国を与えられた蜂須賀家政が一宮城へ入ります。
蜂須賀家政は一宮城を阿波支配の拠点として、石垣などの整備を進めました。
ところが翌年には、本拠地を新たに築いた徳島城へ移します。
その後の一宮城は、徳島城を支える阿波九城のひとつとして利用されました。
本丸周辺に残る石垣は、この近世初頭の改修を考えるうえでも大切な遺構です。
一国一城令を経て廃城へ
江戸時代に入ると、元和元年(1615年)に一国一城令が出され、各地の支城が整理されていきます。
一宮城も城としての役割を終えました。
建物は残っていませんが、山そのものを大きく造り変えた曲輪や堀、石垣は現在まで残されています。
南北朝時代から戦国時代、豊臣政権、蜂須賀氏による近世阿波の成立まで、約300年にわたる阿波の歴史を一つの山でたどれるのが一宮城跡の魅力です。
一宮城跡の見どころ
一宮城跡では本丸だけを目指すのではなく、途中に現れる曲輪や防御施設にも注目してみてください。山城らしい地形と、近世城郭へつながる石垣の両方を見ることができます。
本丸に残る石垣
一宮城跡で特に見ておきたいのが、本丸周辺に残る石垣です。
石を大きく加工せずに積み上げる野面積みの石垣が残り、山中を登ってきた先に突然しっかりした石垣が現れるため、見応えがあります。
本丸は標高約144mの最高所に位置しています。
中世の山城というと土塁や空堀を中心にした姿を想像しやすいですが、一宮城では蜂須賀家政が入城した時期の改修をうかがわせる石垣も見ることができます。
一宮城の長い歴史を象徴する場所なので、登城するなら本丸まで歩いてみたいですね。
才蔵丸と明神丸
登城ルートでは、本丸だけでなく才蔵丸や明神丸といった曲輪も確認できます。
山城では山頂に一つだけ広場を造るのではなく、尾根や斜面の地形に合わせて複数の曲輪を配置します。
それぞれが独立した防御区画となり、敵が簡単に本丸へ近づけないようになっていました。
平坦な場所だけを見ると単なる山中の広場にも見えますが、「ここに兵や建物が配置されていたかもしれない」と想像しながら歩くと見方が変わります。
竪堀や堀切にも注目
山城好きなら、竪堀や堀切も見逃せません。
竪堀は斜面を縦方向に掘った溝で、敵が斜面を横方向へ自由に移動するのを難しくする防御施設です。
堀切は尾根を横断するように掘り切り、尾根伝いに攻め込む敵を遮断するための施設です。
天守や櫓のように分かりやすい建造物ではありませんが、山城ではこうした地形こそ重要です。
初心者の場合は、説明板を見ながら「自然の谷なのか、人が城を守るために加工した地形なのか」を比べてみると面白いですよ。
貯水池跡や水ノ手丸
長期間城を守るためには、兵だけではなく水の確保も必要でした。
一宮城跡には水ノ手丸や貯水池跡など、水に関わる遺構も残っています。
山城では水をどう確保するかが非常に重要です。城内に多くの兵が籠もれば、飲料水や生活用水が必要になります。
石垣や堀だけでなく、こうした生活を支える施設まで意識すると、一宮城が単なる戦闘用の砦ではなく、人が長期間活動できる空間だったことが見えてきます。
一宮城跡はどのくらい歩く?
一宮城跡は車で本丸まで行ける城ではありません。登山口から山道を歩いて登ります。標高自体はそれほど高くありませんが、観光地の舗装された遊歩道とは違うと考えて準備しましょう。
登山口から本丸まで徒歩約30分
一宮城跡の登山口から本丸までは、徒歩約30分がひとつの目安です。
往復するだけなら単純計算で約1時間ですが、途中の曲輪や堀、本丸石垣を見学する時間も必要です。
城跡をある程度じっくり見たいなら、全体で1時間30分~2時間程度を見ておくと予定を立てやすいと思います。
ただし、歩く速度や見学する範囲によって所要時間はかなり変わります。
本丸まで往復する人と、小倉丸や水ノ手丸などまで広く歩く人では必要な時間が違うため、2時間という数字もあくまで一般的な目安として考えてください。
登山道なので歩きやすい靴がおすすめ
一宮城跡は観光施設ではなく山城です。
登山道には傾斜があり、土や石の上を歩く場所もあります。
スニーカーやトレッキングシューズなど滑りにくい靴で訪れるのがおすすめです。
雨が降った直後は土や石、木の根などが滑りやすくなることがあります。
夏は暑さと虫への対策、冬は日没時間にも注意したいところです。山中は平地より暗くなるのが早いため、午後遅くからの登城は避けたほうが安心です。
一宮城跡は山中にある史跡です。天候や倒木、登山道の状態などによって通常どおり歩けない可能性があります。無理な登城は避け、現地の案内や立入規制を優先してください。
小倉丸方面まで回る場合は余裕を持つ
本丸からさらに小倉丸や貯水池跡などを巡る場合は、本丸往復より時間と体力が必要です。
場所によっては本丸へ向かう主要ルートより足元が分かりにくくなることがあります。
初めての登城で山歩きに慣れていないなら、まず本丸を中心に見学するだけでも十分に一宮城の魅力を感じられます。
時間と体力に余裕がある場合に範囲を広げるくらいがいいかなと思います。
一宮城跡の続日本100名城スタンプ
城巡りをしている人にとって気になるのが続日本100名城スタンプです。一宮城は続日本100名城の176番に選ばれています。
2017年に続日本100名城へ選定
一宮城は2017年、公益財団法人日本城郭協会による続日本100名城に選定されました。
番号は176番です。
徳島県では勝瑞城が175番、一宮城が176番となっており、100名城の徳島城と合わせて城巡りを楽しむこともできます。
一宮城は県内最大規模の山城で、曲輪、石垣、竪堀など複数の遺構がまとまって残っていることから、山城そのものを歩いて楽しみたい人には特に面白い城だと思います。
スタンプは登山口の説明板横
続日本100名城スタンプは、一宮城跡登山口の説明板横に設置されています。
そのため、スタンプを押すことだけが目的なら、本丸まで登る必要はありません。
ただ、一宮城の代表的な見どころである本丸石垣は山上にあります。
天候と体調に問題がなければ、スタンプだけで帰らず、実際の城跡を歩いてみると一宮城が続日本100名城に選ばれた魅力を感じやすいですね。
スタンプの設置場所や利用条件は変更される可能性があります。続日本100名城巡りで確実に押したい場合は、訪問前に最新情報を確認してください。
一宮城跡の登山口と一宮神社
登城の起点となるのが一宮神社周辺です。城だけを目指して通り過ぎず、一宮城と地域の歴史を感じられる場所として神社にも立ち寄ってみるといいでしょう。
一宮神社の近くから登城する
一宮城跡の登山口は、一宮神社の近くにあります。
一宮神社は一宮城の麓にあり、本殿は国の重要文化財に指定されています。
登山口には一宮城跡について紹介する案内があるため、いきなり登り始めるより、最初に城の縄張りや歴史を確認しておくのがおすすめです。
本丸、明神丸、才蔵丸などの位置関係を頭に入れておけば、登山途中で現れる平坦地が何のための場所だったのか理解しやすくなります。
向かいには四国八十八ヶ所の大日寺がある
一宮神社の向かい側には、四国八十八ヶ所霊場第13番札所の大日寺があります。
一宮城跡へ登る前後に参拝することもできますが、注意したいのが駐車場です。
一宮城跡を見学するために大日寺の駐車場を利用することはできません。
お寺への参拝者用駐車場と城跡見学の駐車場所を混同しないようにしましょう。
一宮城跡の駐車場
一宮城跡は駐車スペースが非常に限られています。車で訪れる場合は、大規模な観光駐車場がある城跡ではないことを知っておく必要があります。
一宮神社に2台程度の駐車スペース
車の場合、一宮神社に2台程度の駐車が可能と案内されています。
台数がかなり少ないため、休日や続日本100名城巡りの来訪者が重なると利用できない可能性があります。
路上や周辺施設へ無断で駐車するのは避けましょう。
特に大日寺の駐車場は一宮城跡見学用として利用できません。
駐車場所や利用条件は現地の状況によって変わる可能性があります。車で訪れる場合は現地の案内を優先し、利用できない場合は無理に駐車しないようにしてください。
一宮城跡へのアクセス
一宮城跡は徳島市中心部から西側に位置しています。車だけでなく、JR徳島駅方面から路線バスを利用して訪れることもできます。
バスなら一の宮札所前から登山口へ
公共交通機関を利用する場合は、徳島駅方面から徳島バスを利用できます。
「一の宮札所前」バス停で下車すると、登山口はすぐ近くです。
登山口から本丸までは徒歩約30分が目安となります。
山城は車がないと訪れにくい場所も多いですが、一宮城はバス停から登山口まで近いため、公共交通機関を利用する城巡りでも候補にしやすいですね。
ただし、路線バスは時間帯によって運行本数が限られます。下山後に長時間待つことがないよう、往路だけでなく帰りの時刻も確認してから登りましょう。
車では徳島市中心部から県道21号方面へ
車の場合は、徳島市街地から国道192号などを経由し、県道21号を神山方面へ進んで一宮町を目指します。
カーナビを利用する場合は「一宮城跡」の山上ではなく、登山口周辺の一宮神社を目印にすると位置を把握しやすいです。
山城そのものへ車で上がる道を探すのではなく、麓に車を置いて徒歩で登城する場所と考えてください。
一宮城跡のおすすめ時期
一宮城跡は一年を通して見学できますが、山道を歩くため季節によって登りやすさが変わります。特に真夏と雨天後は無理のない計画が大切です。
春と秋は山城歩きに向いている
私なら一宮城跡をじっくり歩くなら、春や秋を選びたいですね。
真夏と比べて気温が穏やかで、登山口から本丸、その先の曲輪まで歩きやすくなります。
一方、夏は木陰がある場所でも気温と湿度が高くなります。飲み物を持参し、熱中症対策をしながら無理をしないことが大切です。
秋から冬は歩きやすくなりますが、日没が早くなります。城跡には夜間照明を前提とした観光施設のような設備はないため、明るいうちに下山できる時間から登り始めましょう。
雨天や雨上がりは足元に注意
雨の日や雨上がりは、土、落ち葉、石、木の根などが滑りやすくなることがあります。
本丸まで30分程度だからと軽く考えず、天候が悪い場合は予定を変更する判断も必要です。
特に山歩きに慣れていない人や小さな子ども、高齢の方と一緒の場合は、晴天が続いた日を選ぶほうが安心です。
体力や健康状態には個人差があります。登山に不安がある場合や持病など健康面で判断が必要な場合は、無理をせず、必要に応じて最終的な判断は専門家にご相談ください。
一宮城跡と一緒に徳島の城を巡ろう
一宮城だけでも見応えがありますが、徳島には時代や構造が異なる城跡が残っています。複数の城を巡ると、阿波の歴史がより分かりやすくなります。
徳島城跡と比べると城の変化が分かる
一宮城を理解するうえで相性がいいのが徳島城跡です。
一宮城は蜂須賀家政が阿波へ入った直後に居城とした山城で、その後に家政は徳島城へ本拠を移しました。
つまり、一宮城と徳島城を両方見ると、中世の山城から近世の大名城郭へ移っていく流れを実際の城跡で比較できます。
城巡りが好きなら、同じ日に詰め込みすぎるより、それぞれの遺構を見る時間を確保して巡るのがおすすめです。
一宮城跡へ行ってみよう
一宮城跡は、南北朝時代から戦国時代、そして蜂須賀氏による阿波支配の始まりまで、長い歴史を残す徳島県最大規模の山城です。
標高144mの本丸を中心に、明神丸、才蔵丸、小倉丸、水ノ手丸などの曲輪が広がり、石垣、土塁、竪堀、堀切、貯水池跡など山城らしい遺構を見ることができます。
特に本丸の石垣は、約30分歩いて登った先で見るからこそ印象に残ります。
続日本100名城スタンプだけなら登山口で押せますが、時間と体力に余裕があれば本丸まで登り、実際の地形を見ながら一宮城の規模を感じてみてください。
登山道の状態、交通機関、駐車場所、続日本100名城スタンプの設置状況などは変更される可能性があります。この記事で紹介した時間や距離は2026年10月時点を基準とした一般的な目安です。訪問前には正確な情報は公式サイトをご確認ください。
また、山城では天候や体調によって危険度が変わります。現地の立入規制や注意表示を優先し、安全に不安がある場合は無理に登城しないようにしましょう。
一宮城跡の基本情報
| 住所 | 徳島県徳島市一宮町西丁 |
|---|---|
| 営業時間 | 屋外山城のため見学可を基本 |
| 定休日 | 原則なし。登山道・天候に注意 |
| 駐車場 | 一宮神社周辺の駐車状況を確認 |
| アクセス | JR徳島駅方面からバス・車で一宮神社へ、登山口から徒歩 |
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