勝賀城跡の見どころは?登山・歴史・アクセスを紹介

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勝賀城跡の見どころは?登山・歴史・アクセスを紹介

香川県高松市の勝賀城跡へ行ってみたいけれど、どんな城跡なのか、登山はきついのか、登山口や駐車場はどこなのか気になりますよね。勝賀城跡は標高365mの勝賀山山頂に築かれた中世山城で、香西氏の拠点として知られ、2024年には国指定史跡になりました。

山頂には主郭をはじめ、曲輪、土塁、堀切、喰い違い虎口などの遺構が残っています。羽柴秀吉による四国攻めとの関係も深く、山城が時代によって改修された痕跡を確認できるのも大きな見どころです。高松平野や瀬戸内海を望める景色も魅力ですが、観光施設として整備された城ではなく、実際に登山道を歩いて山頂を目指す城跡です。

この記事では、勝賀城跡の歴史や香西氏との関係、国史跡に指定された理由、山頂に残る遺構、登山の所要時間、登山口、JR鬼無駅からのアクセス、駐車場所を考えるときの注意点まで、初めて訪れる方にも分かりやすく紹介します。

  • 香西氏と勝賀城跡の歴史
  • 主郭・土塁・堀切・喰い違い虎口などの遺構
  • 勝賀山登山の所要時間と登山口
  • JR鬼無駅からのアクセスと登城時の注意点
目次

勝賀城跡はどんな城?

勝賀城跡は、天守や石垣を中心に楽しむ近世城郭とはまったく雰囲気が違います。標高365mの山頂に土を削り、盛り、尾根を利用して造られた本格的な中世山城です。

標高365mの勝賀山山頂に築かれた山城

勝賀城跡があるのは、高松市西部に位置する標高365mの勝賀山です。

高松平野の北西側にあり、山頂からは高松平野や瀬戸内海を見渡すことができます。

山頂に立って周囲を眺めると、なぜここに城を置いたのか想像しやすいですね。

北側には中世に港町として栄えた香西浦があり、山麓には香西氏の居館と伝えられる佐料城跡があります。

普段の生活や政治を行う山麓の居館と、戦いに備える山頂の城を使い分けていたと考えると、勝賀城の役割が分かりやすくなります。

2024年に国指定史跡となった

勝賀城跡は2024年2月21日に国指定史跡となりました。

指定面積は約5万5,136平方メートルです。

勝賀城跡の重要なところは、単に古い山城が残っているというだけではありません。

北東側には中世山城らしい曲輪が連なる構造があり、南西側には16世紀後半に登場する新しい城郭構造が残されています。

ひとつの山城の中で、時代による城の造り方の変化を確認できることが高く評価されているんですね。

勝賀城跡は「香西氏の中世山城」と「1585年の羽柴秀吉による四国攻めに伴う改修」という二つの時代を意識して歩くと、遺構の意味がかなり分かりやすくなります。

周辺観光

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勝賀城と香西氏の歴史

勝賀城を理解するうえで欠かせないのが香西氏です。香西氏は鎌倉時代から戦国時代にかけて讃岐で勢力を持った一族で、勝賀山周辺を重要な拠点としていました。

香西氏の拠点として築かれた

香西氏は、承久3年(1221年)の承久の乱で戦功を挙げた香西資村を祖とする一族とされ、笠居郷を本拠として勢力を広げました。

勝賀城が築かれた時期は、城内の構造などから南北朝時代以降と考えられています。

香西氏は室町時代になると、室町幕府で大きな力を持った細川京兆家と深く関わります。

京都へ上った「上香西」と讃岐に残った「下香西」に分かれ、讃岐だけではなく京都の政治とも関係するほどの勢力を持っていました。

山頂にこれほど大規模な城郭を構えられたことからも、香西氏が地域で大きな力を持っていたことが伝わってきます。

山麓の佐料城跡とセットで考えると分かりやすい

勝賀城の山麓には佐料城跡があります。

佐料城は香西氏の山麓居館だったと伝えられています。

つまり、普段から標高365mの山頂で生活していたというより、平時には山麓を拠点とし、戦いなど非常時には勝賀城を利用するという構成だったと考えられます。

勝賀城跡の主郭周辺を発掘しても、恒常的な建物の跡や遺物がほとんど確認されていません。

こうした点からも、山頂部は日常生活の場というより軍事的な役割を持つ城だったことがうかがえます。

1585年の羽柴秀吉による四国攻め

勝賀城跡の歴史で特に重要なのが、天正13年(1585年)の四国攻めです。現在残る城郭遺構の一部は、このとき大きく改修された可能性が高いと考えられています。

香西氏は長宗我部氏の勢力下へ

戦国時代後半になると、土佐から勢力を拡大した長宗我部氏が讃岐へ進出します。

1582年には香西氏も長宗我部氏の配下となりました。

ところが、長宗我部元親が四国で勢力を拡大すると、今度は羽柴秀吉が四国へ大軍を送り込みます。

1585年に始まった四国攻めによって、讃岐も大きな戦乱の舞台となりました。

秀吉軍によって改修された可能性が高い

発掘調査などから、勝賀城の南西側は1585年の四国攻めの際に秀吉軍によって改修された可能性が高いと考えられています。

主郭周辺では建物跡や出土品が非常に少ない一方、軍事的な防御施設が整えられています。

そのため、長期間生活する城というより、戦いのために一時的に使用する「陣城」として改修された可能性が指摘されています。

城好きの方なら、香西氏時代の縄張りと、後から加えられたと考えられる構造を見比べながら歩くのも面白いですね。

勝賀城跡の見どころ

勝賀城跡には復元された天守や櫓はありません。しかし、地形を利用した曲輪や土塁、堀切、虎口などが良好に残っており、「山そのものを城にする」という中世山城の姿を体感できます。

主郭を囲む大規模な土塁

山頂部でまず注目したいのが主郭とその周囲を囲む土塁です。

土塁とは、土を盛り上げて造った防御施設です。

現在では草木に覆われている部分もありますが、地面の高低差を意識して歩くと、人工的に造られた地形であることが分かります。

特に南西側では、主郭を囲む土塁が単純な直線ではなく、折れを伴う複雑な形状になっています。

敵が簡単に内部へ進めないよう工夫された城郭構造を、建物ではなく地形から読み取る場所です。

喰い違い虎口

主郭では喰い違い虎口も重要な見どころです。

虎口とは城への出入口のことです。

単純に正面からまっすぐ入れる構造ではなく、入口をずらすことで敵の動きを制限し、防御しやすくしています。

こうした構造は16世紀後半に現れる比較的新しい城郭技術とされ、勝賀城が戦国時代末期に改修されたことを示す重要な遺構のひとつです。

尾根に連なる曲輪

勝賀城の北東側には、尾根に沿って曲輪が連なっています。

曲輪とは、山の斜面などを人工的に削って平らにした区画です。

勝賀城では尾根上に平坦な曲輪が次々と続く「連郭式」の構造を見ることができます。

一見すると単なる平らな場所に見えるかもしれませんが、「なぜ山の中に不自然な平坦地が連続しているのか」と考えると城跡らしさが見えてきます。

堀切

山城らしい遺構として堀切にも注目です。

堀切は、山の尾根を人工的に切断するように掘った防御施設です。

尾根伝いに攻めてくる敵がそのまま城内へ進めないよう、進路を分断する役割がありました。

勝賀城では山頂中央付近に、堀切状の遺構と土塁を組み合わせた構造が残されています。

石垣や天守がない山城では、こうした「地面の形」を見ることが最大の楽しみになります。

主郭にある龍王宮

現在の主郭には龍王宮が祀られています。

地域では「リュウゴンさん」の愛称でも親しまれ、雨乞いに関わる地域行事が行われてきました。

戦国時代の城としての役割を終えたあとも、山頂が地域の人々に大切にされてきたことが分かる場所ですね。

山頂から高松平野と瀬戸内海を望める

勝賀城跡まで登る楽しみは城郭遺構だけではありません。標高365mの山頂や登山道の展望地点から、高松平野や瀬戸内海を眺めることができます。

城がこの場所に築かれた理由を景色から感じられる

勝賀山からは高松平野や瀬戸内海を見渡すことができます。

現在なら美しい展望スポットですが、中世の城として考えれば、周囲の動きを把握できる重要な立地だったはずです。

北側には香西浦があり、海上交通とも関係する地域でした。

山頂から実際の地形を見ると、勝賀城が山・平野・海を見渡す場所に置かれていることを体感できます。

天気のよい日には、遺構を見るだけでなく少し時間を取って周囲の景色も眺めてみてください。

勝賀城跡への登山はどのくらい?

勝賀城跡は山頂まで車で行って見学するタイプの城跡ではありません。複数の登山口から勝賀山を登る必要があり、選ぶルートによって歩行時間や難易度が変わります。

登山道は複数ある

勝賀山には、香西登山口、香西北登山口、鬼無・是竹登山口、鬼無・佐料登山口、鬼無・赤子谷登山口、下笠居・植松登山口など複数の登山ルートがあります。

そのため「勝賀城跡まで徒歩○分」と一律に決めることはできません。

例えば香西登山口からのルートでは、急勾配の舗装路から山道へ入り、御台場、七合目、八合目などを経て山頂へ向かいます。

途中には急な区間もあるため、普通の観光地を散歩する感覚ではなく、低山登山として準備するのが基本です。

登山イベントでは約4km・4時間のコースもある

香川県観光協会が案内する勝賀城跡へのウォーキング企画では、JR鬼無駅を起点としたコースで約4km、約4時間が目安とされています。

これは城跡への単純な往復時間だけではなく、ガイドによる案内や休憩などを含むイベントとしての所要時間です。

一方、登山口まで車などで移動して山頂を往復する場合は、それより短い時間で登れるルートもあります。

登山口、歩く速度、休憩時間、山頂での遺構見学によって必要な時間は大きく変わります。

初めてなら「登山口から山頂まで何分か」だけで計画せず、登山口までの移動、上り、城跡の見学、休憩、下山までをセットで考えましょう。余裕を持って半日程度を確保すると予定を組みやすくなります。

登山口と駐車場は事前確認がおすすめ

勝賀山には複数の登山口があるため、車で訪れる場合は「勝賀城跡」とだけナビに入力して向かうより、利用する登山口を先に決めておくほうが安心です。

香西登山口

香西側から登るルートでは、勝賀農免道路沿いに登山口があります。

勝賀城跡保存会によって登山道の整備が続けられており、定例登山でも香西登山口が利用されています。

登り始めは急勾配の舗装路で、その後は本格的な山道へ変わります。

五合目、御台場、七合目、八合目などを通りながら山頂を目指すルートです。

佐料登山口など複数ルートがある

鬼無側には佐料登山口や是竹登山口、赤子谷登山口などがあります。

勝賀城跡保存会が発行している「勝賀山のしおり」には、各登山口と登山道の位置関係がまとめられています。

鬼無・香西・下笠居の各コミュニティセンターなどで入手できるほか、山頂にも用意されています。

初めて登るなら、こうした登山道情報を確認してからルートを決めるといいでしょう。

駐車できる場所を確認してから向かおう

勝賀城跡には、一般的な観光施設のような「城跡専用大型駐車場」が山頂にあるわけではありません。

登山口によって車を置ける場所や周辺道路の状況が異なります。

イベント時には佐料登山口駐車場などが集合場所として利用される例がありますが、イベント時の運用が通常時にもそのまま利用できるとは限りません。

登山口周辺には農地や住宅地、地域の生活道路があります。路上駐車や私有地への無断駐車は避け、訪問前に利用予定の登山口と駐車可能な場所を確認してください。

JR鬼無駅から徒歩でもアクセスできる

車を利用しない場合はJR予讃線の鬼無駅が勝賀城跡への拠点になります。ただし、駅を降りてすぐ城跡があるわけではなく、登山口までの徒歩移動と登山が必要です。

JR高松駅から鬼無駅へ

JR高松駅から鬼無駅までは、予讃線を利用して約7分がひとつの目安です。

鬼無駅周辺は盆栽の産地としても知られる地域です。

駅から勝賀山方面へ歩き、利用する登山口から山頂を目指します。

観光情報ではJR鬼無駅から勝賀城跡方面への徒歩時間を約45分と案内する例もありますが、どの地点を到着地点とするかによって時間の意味が変わります。

実際には山頂が標高365mにあるため、駅から登山口へのアプローチと山道の登りを別に考えるほうが安全です。

公共交通なら帰りの列車時刻も確認

公共交通機関で訪れる場合は、登山にかかる時間だけでなく、下山後に鬼無駅まで戻る時間も必要です。

暗くなってから山道を歩くことにならないよう、日没時間から逆算して行動しましょう。

特に秋から冬は日が短いため、午後遅くから登り始めるのはおすすめできません。

勝賀城跡へ登るときの服装と注意点

標高365mと聞くとそれほど高い山には感じないかもしれません。しかし、勝賀城跡への道には急坂や山道があり、天候によって足元の状態も変化します。

山歩きに適した靴を用意する

勝賀山の登山イベントでも、山歩きに適した靴で参加することが案内されています。

履き慣れたトレッキングシューズや滑りにくい運動靴など、山道を歩ける靴を選びましょう。

雨の直後は土や岩が滑りやすくなる可能性があります。

夏場は暑さや虫への対策、冬場は日没時間や防寒も考えておきたいですね。

水分と時間に余裕を持つ

山頂に観光施設や常設の売店がある城跡ではありません。

必要な飲み物は登山前に準備しておきましょう。

特に暑い時期は水分を多めに持ち、無理にペースを上げないことが大切です。

登山時間は体力、登山口、天候、路面状態によって変わります。記事内の所要時間はあくまで一般的な目安として考えてください。

単独登山ではルート確認をより慎重に

複数の登山道があり、一般的な観光施設のように全区間が舗装されているわけではありません。

分岐では案内表示や地図を確認し、不明な道へ安易に入らないようにしましょう。

天候が悪化した場合や体調に不安を感じた場合は、山頂まで行くことにこだわらず引き返す判断も必要です。

登山には転倒、道迷い、熱中症などの危険があります。登山道の状態は倒木や天候などによって変化する可能性もあります。安全に関する最終的な判断は自分の体力や当日の状況を踏まえて行い、不安がある場合は登山・医療などの専門家にご相談ください。

勝賀城跡と一緒に香川の城を巡るなら?

香川県には勝賀城跡とは時代も構造も異なる城跡があります。山城と近世城郭を見比べると、城の役割や築城技術の変化がより分かりやすくなります。

丸亀城では現存天守と石垣を見られる

勝賀城跡が土塁や曲輪を中心とする中世山城なのに対し、丸亀城では高石垣と現存木造天守を見ることができます。

同じ香川県の城でも、見どころはまったく違います。

勝賀城跡では地形から城を読み取り、丸亀城では石垣や建築物から近世城郭の構造を見るという楽しみ方ができます。

丸亀城を訪れる場合は、丸亀城の回り方と天守までの所要時間も参考にしてみてください。

高松観光と組み合わせるのもおすすめ

勝賀城跡は高松市にあるため、高松市街の観光と組み合わせることもできます。

高松城跡や栗林公園などを含めて旅行する場合は、山城登山をする日と市街地観光をする時間を分けると動きやすいでしょう。

香川県全体の旅程を考えている方は、香川県のおすすめ観光スポットも参考になります。

勝賀城跡は遺構と地形を楽しむ本格的な山城

勝賀城跡は、香西氏の拠点として使われた中世山城であり、1585年の羽柴秀吉による四国攻めに伴って改修された可能性が高い城跡です。

2024年には国指定史跡となり、北東側に残る連郭式の曲輪と、南西側に残る主郭、土塁、喰い違い虎口など、異なる時代の城郭構造をひとつの山で見ることができます。

天守や櫓が残っているわけではありません。

その代わり、尾根を削った曲輪、敵の進入を防ぐ堀切、主郭を囲む土塁などを実際の地形の中で探す楽しみがあります。

そして標高365mの山頂から高松平野や瀬戸内海を眺めると、この山が軍事的に重要な場所だったことも感じられるでしょう。

ただし、勝賀城跡は山頂にあるため登山が必要です。登山口、登山道、駐車可能な場所、天候などは訪問前に確認してください。登山道の状況やアクセス情報は変更される可能性があるため、正確な情報は高松市などの公式情報をご確認ください。

所要時間などの数値はあくまで一般的な目安です。無理のない登山計画を立て、安全について判断が難しい場合は最終的な判断は登山・医療などの専門家にご相談ください。

勝賀城跡の基本情報

住所 香川県高松市鬼無町・香西西町・勝賀山周辺
営業時間 屋外山城のため見学可を基本
定休日 原則なし。登山道・天候に注意
駐車場 登城口周辺の駐車状況を確認
アクセス JR鬼無駅・香西駅方面から登山口へ、徒歩で登城

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